日台がより複雑に交差する プロジェクト最終章――第七劇場 日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.3「珈琲時光」

三重県文化会館プロデュース日台国際共同プロジェクトが最終年度を迎えます。3年の集大成を飾る作品は舞台「珈琲時光」。台湾の気鋭・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)が日本の名匠・小津安二郎へのオマージュをこめて撮った映画からインスピレーションを得て、まったく新しい舞台作品をつくりあげます。そこで中心的存在の鳴海康平さん、王嘉明さん、新田幸生さんを直撃! いち早く作品のポイントをうかがいました。

――「珈琲時光」を選んだ経緯から教えてください。

新田:鳴海さんは大学で演劇・映像を専攻されていて、王さんも映画の審査員を務めてきた経験があり、映像・映画というものが共通点にあると感じていたので「映画を題材にしてはどうか」と僕から提案しました。そして映画をテーマにすると決めた後、三重との関わりを考慮するうち、松竹が小津安二郎生誕100年記念に侯孝賢監督を迎えて製作した「珈琲時光」に行きあたったんです。小津は松阪市で暮らした時期があり、三重県と縁がある。そこで候補に挙げたら、鳴海さんが賛成してくれたんです。

:ただ、映画「珈琲時光」のビジュアルを劇化するのはほとんど不可能に近くて。登場人物の関係を生かすとか、さまざまな方法を鳴海さんと話し合ううち、映画作品そのものは切り離して、小津監督と侯監督、それぞれの独特な要素を組み合わせられないかと。そこで今考えているのは次の要素です。①小津安二郎、②江文也、③原節子、④陽子などです。②の江文也は台湾と日本で活躍した作曲家で「珈琲時光」のテーマにもなっている人物です。③の原節子は小津の代表作「東京物語」にも主演した日本の象徴的な女優。④の陽子は映画で一青窈さんが演じたヒロインです。ちなみに一青さんは、台湾と日本の血を受け継いでいますね。だから物語はひとつではなく、複数の主人公がいて、それぞれがパフォーマンスします。彼らは同じマンションに住んでいて、でも接点はなく、ある人物だけが唯一その間を自由に行き来できるという…。その人物を通じて登場人物たちが緩やかにつながる展開になると思います。また、日本でも台湾でもない視点も持たせたくて、在日コリアンも登場します。台湾と日本のほかに第3の視点を加えることで、劇をより立体的にしたいなと。

――面白い趣向ですね!

:設定からは日常生活感が強く見えると思いますが、ただの日常ではなく、それぞれの戦争や時代、歴史、文化などの要素を背景に描かれます。

鳴海:8月にキックオフして、ディスカッションを重ねているんですが、人物それぞれの時代についてモノローグで語らせようとも考えているんですよ。それぞれのモノローグは時代が異なるので交じり合わないのですが、どのモノローグにも関係するある女性を象徴する人物だけが特殊な存在になります

:“珈琲”が日常の象徴だとしたら、“時光”は時代の違い、時間の流れの違いではないかと。俳優はセリフを言うので、そこにリズムや時間の流れが表れることになりますね。

鳴海:モノローグで劇を作るというのは、最近の日本のコンテンポラリーな演劇においても主流になりつつありますが、それとは違う、もっと並立なものになると思います。私たちはたくさんのモノローグを並立させることで、時代や関係や想いの中で、変わるもの、変わっていないもの、変えたいもの、変わってしまったものとかに、会話形式とは別の輪郭を与えたいと考えています。登場人物たちに“見えているもの”と“見えていないもの”をはっきりさせる力がモノローグにはあるはず。

新田:身体と言葉を別々にするアイデアは?

:それもありましたね。日台コラボレーションの2年間で解決できていないことに、言葉の問題があります。でも鳴海さんから「両者のギャップを無視してはどうか」という提案があって。それで僕は、身体と声をバラバラにする案を出したんです。身体と言葉はバラバラでも感情は共有できるんじゃないかと思って。

鳴海:日本には、言葉と身体を分けて表現する能や文楽、歌舞伎といった伝統芸能もありますし。

:人形劇やパペットシアターでは、身体と言葉がバラバラに表現されることは珍しくありません。

鳴海:ただし、私たちは言葉と身体を分けるというような、表現スタイル自体の芸術性を模索しているわけではない。“一致していない状態で起きる何か”を劇的なものに変化させていきたいと考えているんです。

――昨年に引き続きSPAC(静岡県舞台芸術センター)から客演する俳優のほか、今年は金沢ゆかりの俳優がオーディションを通じて参加されますね。

鳴海:金沢から俳優を迎えたのは、八田與一さん(※台湾の治水事業に貢献した金沢出身の技術者)の存在もあって、舞台「珈琲時光」の企画を金沢21世紀美術館に相談したら協力してくださることになり、作品の共同製作だけでなく人材交流にも発展したんです。

:台湾は過去2年、会場だけでなく都市も変えながら公演を行っているので、日本も範囲に広がりを持たせてほしかったんですよ。

鳴海:東京や京都、大阪のような大都市圏に文化的なものが集中する日本において、SPACは静岡に拠点を置きながら国際的な活動をしています。金沢21世紀美術館も同様ですよね。私たち第七劇場も、今は三重にいて、王さんたちと共同制作を行っていますけど、それ以外の国際力に重点を置いていたり、台湾と縁ある地域の人たちともつながりたいという想いは強くあります。

――プロジェクトもフィナーレとなりますが、今の想いを…。

:劇場というのは、自国とか自分の力だけではできないものが生まれるところだと実感しています。やる前は誰も結果を想像できない。鳴海さん、第七劇場とのコラボレーションは3年目以降もあるかもしれません。

鳴海:このプロジェクトは、ある大きなアーティストを中心としたトップダウン形式の企画と違って、王さんと新田さんと私の3人が対等の力、決定権を持っています。そのため、どうなるかわからない側面もあります。1年目、2年目、3年目と、その時々にお互い興味を持っているものを出し合いトライアウトしながら、お互いの表現としての関心をどうやって足し算ではなく掛け算に変えていくのかを考えてきました。この作業はたぶん、5年経っても10年経っても変わらないでしょうね。その都度、素材も形も面積もわからないんだけど、体験してみたくなる建物を創造するみたいな。このゴールだけは変わらない。

:みんなキャッチボールをするみたいにアイデアを出し合った。そういう遊び方が楽しかったですね。

鳴海:3年は初めから決まっていた期間ですけど、毎年お盆の時期に再会するので、親戚が集まるような感覚(笑)。そしてまた、お互いに今の興味を語り合って…。先のことはまだわかりませんけど、これからもコラボレーションは続く可能性がありますよね。

新田:3年がひとつのセットとして始まり、常に何事かを実現できるよう頑張ってきました。おかげでスタッフも含め、お互いをよく知る関係になった。だから今後は、個人個人のコラボレーションも可能なんです。たとえば鳴海さんの作品にShakespeare’s Wild Sisters Groupの誰かが関わることもあるでしょう。このプロジェクトは劇団同士だけでなく、劇場、スタッフ、グラフィックデザイナー、近所のおじさんやおばさん… (笑)、ふたつの劇団より大きなものに膨らんだんです。

鳴海:ヨーロッパでは当たり前なのにアジアでは難しかったことが、やっとできそうです。

新田:台湾の人たちが公演の度、ここ三重に集まってくる様子も定着して嬉しいですよ。

取材・文:小島祐未子
舞台写真:日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.3 舞台「珈琲時光」(2018) 撮影:松原豊